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最高裁判所第一小法廷 平成7年(オ)698号 判決 1996年9月26日

横浜市都筑区高山一八番二五号

上告人

株式会社レオナード

右代表者代表取締役

三河良三

埼玉県朝霞市膝折町二丁目一五番一一号

上告人

株式会社無限

右代表者代表取締役

本田博俊

右両名訴訟代理人弁護士

野上邦五郎

杉本進介

大阪府東大阪市水走四丁目三番三号

被上告人

株式会社アローエンタープライズ

右代表者代表取締役

本田理

右訴訟代理人弁護士

山上和則

右輔佐人弁理士

樋口豊治

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(ネ)第一四四号意匠権侵害行為等差止等請求事件について、同裁判所が平成六年一一月三〇日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人野上邦五郎、同杉本進介の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、被上告人製品の意匠が上告人らの本件意匠と類似しないとする原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友)

(平成七年(オ)第六九八号 上告人 株式会社レオナード 外一名)

上告代理人野上邦五郎、同杉本進介の上告理由

序論

一、 上告人は控訴審判決が意匠法の法条の解釈適用を誤り、判決に重大な影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があることを理由として上告するものである。

よって、本上告理由書においては、意匠法の規定する意匠法の目的、意匠の登録要件、及び意匠権の範囲について、概説した後、原判決が違法である理由を明らかにすることとする。

二、意匠法の目的及び意義と控訴審判決の問題点

(一)意匠法の目的は、「意匠の保護及び利用を図ることにより、意匠の創作を奨励し、もつて産業の発達に寄与すること」(第一条)にある。

いいかえれば模倣を排し、真に創作された意匠については一定期間独占的に実施できるよう法律によって保護することで、産業の発達を促すことにある。

このように登録された意匠は一定期間排他・独占的に専用されるものであるから、その権利の設定にあたっては、意匠法の規定に則り、専門の官庁である特許庁においてきびしい審査を経なければならない。

出願された意匠が意匠登録される要件(登録要件)には種々あるが、最も中心的な要件は、新規性と創作性の要件である。

意匠法第三条は第一項において登録される意匠は新規なものでなければならないこと(新規性要件)を規定している。この新規性についての規定は国内のみならず外国においても公知のものであってはならないことを定めている(意匠法第三条第一項第一号、第二号、世界公知制)。

また、地域的な規定に合せて、意匠の範囲についても同一性の意匠のみでなく、出願した意匠に類似するものがあっても登録されないことを定めている(同条同項第三号)。

つづいて第二項では、登録される意匠は高い創作性を有するものでなければならず、意匠登録出願前にその意匠の属する分野において通常の知識を有するものが日本国内において広く知られた形状に基づいて容易に意匠の創作をすることができたようなものは、たとえ、前項の新規性の要件を備えたものであっても、登録を受けることはできないことを規定している(創作性の要件)。

(二)また、このような登録要件を備えて意匠登録された意匠権の効力について、意匠法第二三条は、「意匠権者は、業として登録意匠及びこれに類似する意匠の実施をする権利を専有する。」ことを規定している。すなわち、新規性の登録要件の規定の場合と同様に、意匠権の効力の規定においても、登録意匠そのものだけではなく、登録意匠に類似する意匠までを効力の範囲に規定している。

また、意匠法では、登録された意匠の類似範囲について明確にすべく、意匠法第一〇条に類似意匠の規定を設けて、「意匠権者は、自己の登録意匠にのみ類似する意匠(以下「類似意匠」という。)について類似意匠の意匠登録を受けることができる。」旨を規定している。

このようにして、新規な意匠を創作した者は、その意匠について、意匠登録をうけ、登録意匠の意匠権の保護の範囲を明確化し、強化するために類似意匠登録をうけるのである。

(三)意匠権の設定または廃止を専権とする日本の特許庁は、出願された意匠について、専門試験を行って採用され、一定期間の研修を終了した専任審査官により、庁内外の審査資料及び国内国外の審査資料を駆使した厳密な審査を行ったあと登録の可否を決定するという審査主義を採用している。(意匠法第十六条)

(四)また、特許庁は事実上の上級審である審判部を設けて、<1>審査の結果、拒絶査定となった出願の査定不服審判、<2>登録された意匠を無効にすることを求める審判等について審理している。これらの審判については一定期間の審査官経験と、専門の研修を終了した審判官の合議制により行っている。

(五)さらに、意匠法第二五条は、特許庁の鑑定にあたる「判定」について次のように規定している。

「登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲については、特許庁に対し、判定を求めることができる。

2 特許庁長官は、前項の規定による求があつたときは、三名の審判官を指定して、その判定をさせなければならない。」

(六)上告人である意匠権者は、

<1>創作した意匠につき特許庁に出願し、その意匠は右に概説した審査を経て登録された。すなわち本件登録意匠(登録第七六一〇五九号意匠)である。

<2>本件意匠権者は、この意匠権の効力範囲を明確にし、強化すべく、法の規定するところにより、合計八件の類似意匠登録をうけている。この中には、控訴審判決が、イ号意匠の要部として挙げた「離弁花状」ホイールの意匠も含まれている(類似第五号意匠)。

<3>本件登録意匠とイ号意匠の類否に関して、特許庁に判定を請求し、「イ号意匠は登録第七六一〇五九号意匠に類似する」との結論を得ている(平成二年判定請求第六〇〇二六号甲第五三号証)。

<4>被上告人である被告を、請求人とする本件登録意匠の無効審判請求事件は、不成立に終わっている(平成二年審判第二二〇七〇号甲第五四号証)

このように上告人は自己の意匠を守る手段を尽しているのである。

(七)これに対し、被上告人は、

イ.イ号意匠を特許庁に意匠出願したが、本件登録意匠に類似するとの理由で拒絶された。(乙第三五号証)

ロ.イ号意匠につき、ホイール業界における意匠模倣を排除する目的で、業者が自主的に登録する財団法人日本機械デザインセンターの保全登録申請をしたが、イ号意匠は本件意匠に類似するとの理由で登録されなかった。(乙第三三号証)

ハ.被上告人が申請人である前記本件登録意匠に対する無効審判請求は不成立となった。(甲第五四号証)

ニ.前記特許庁の判定事件(甲第五三号証)において、イ号意匠は本件登録意匠に類似すると判定された。

しかるに被上告人はイ号意匠の製造・販売を中止せず今日に至っている。

(八)控訴審判決は右の(六)、(七)の経緯をふまえて、原判決の理由では結論が維持できないと判断したものと想定されるが、原判決の理由にたいし「付加、訂正、削除」(控訴審判決四二頁行目以降)を行い、新たな理由を提出したが、新たな理由の決め手となったものが、公知意匠<1>の再認定(上告人はこれを誤認であると主張する)である。

この公知意匠<1>(乙第五号証、以下同じ)は本控訴審判決の類否判断の決め手ともなったものであるが、以下に理由中で詳述するように、この公知意匠<1>の再認定は明白な誤認であり、本控訴審判決はこの誤認に基づいて本件登録意匠の要部を不当に狭く認定し、その結果本件両意匠は非類似であるとの結論に達したものであり、上告人のとうてい容認できないところである。

これが第一の争点である。

(九)一方、控訴審判決は一連の特許庁の判断にたいし

<1>「意匠登録がされている意匠といっても、その創作的寄与の大小はさまざまなものがあることは、当裁判所に顕著な事実である。単に、意匠登録がなされていることを理由に、すべての分野において、また、すべての登録意匠について、その類似の範囲を同じに取り扱うことは、意匠権の効力を受ける国民全体の利益との関係で、意匠権に適切な保護を与えるべき法の目的に反するというべきである。

特許庁における判定は、登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲について、三名の審判官によりなされるものであるが、もとより司法裁判所の専権に属する意匠権に基づく差止請求権、損害賠償請求権の成否の判断とは、その目的、効果を異にし、したがって、その判断手法が、司法裁判所のそれと異なることは当然である。」(控訴審判決五七頁二行目~五八頁一行目)

<2>「イ号意匠に係る意匠登録出願が本件意匠に類似するとして拒絶の査定がされたことは当事者間に争いがないが、意匠登録の可否の判断と前示侵害訴訟における司法裁判所の判断とは、もとよりその目的、効果を異にするものであり、右事実があるからといって、直ちに当裁判所の前示判断を左右するものとすることはできない。」(控訴審判決五八頁一〇行目~五九頁三行目)

として、採用しなかった。

ここには次の問題がある。

イ.控訴審判決は「司法裁判所の判断」とはいかなるものであるかについてその理由を説得力のある形で示す必要がある。

しかし本判決においては、以下理由中に詳説するように、本判決の結論に極めて重要な影響力をもった公知資料<1>の認定の変更という形でしか示していない。しかも明らかな誤認という形で原審の認定を変更し、本件登録意匠の要部は公知資料<1>において公知であったから、本件登録意匠の創作的寄与は小さく、よってイ号意匠は本件登録意匠を侵害しないという誤った結論を導いてしまった。この点は理由中で詳説し、公知資料<1>については明確な資料を提出する。

ロ.もし一連の特許庁の判断や、学識経験者、業界の自主登録団体の判断に明らかな誤りがあるならば、本判決の言うように、「国民全体の利益」との関係で、裁判所は正しい判示をなす義務がある。この場合の理由は「国民全体」に対して十分に説得的でなければならない。そうでないと逆に意匠権者の権利を侵害する者を裁判所があと追しする結果になり、創作の保護(意匠法第一条)ではなく、模倣の奨励となってしまう。

これが第二の争点である

(九)以上のような観点よりすれば、控訴審判決は、つぎに挙げる各項にかんし法令の解釈適用を誤り、判例及び経験則に反する判断を下しており、判決に影響を及ぼす事項の判断について重大なる法令の違背があったと認めざるを得ず、上告人として到底承服できない。

<1> 控訴審判決は意匠法の法条の解釈適用を誤り、判決に重大な影響を及ぼすことが明らかな公知意匠<1>の誤認に基づいて、誤った本件登録意匠の要旨の認定をおこない、その結果、意匠権者である上告人の意匠権の範囲を不当に狭く判断したことは、この種意匠の類否判断における判例及び経験則に反するものであり、意匠の創作の保護を目的とした意匠法の立法精神に反している。

<2> 控訴審判決は法令の適用を誤り、合理的な理由もなく行政庁である特許庁の判断と司法の判断の相違を強調し、誤った公知意匠の認定に基づき、一連の特許庁の判断と異なった結論を下したことは、工業所有権侵害事件における判例並びに経験則に反するものである。

理由

一、問題点<1>にかんし

1、本件登録意匠に係わる意匠権侵害事件に関しては、直接本件に係わる一、二審判決、及び仮処分決定一、二審が存在するほか、他に二件の関連事件があり、計三件の判決と、計五件の決定が出されている。

これらのうち、公知意匠<1>にふれたものが計七件あるが、本件控訴審判決以外の六件はすべて公知意匠<1>は本件登録意匠とは非類似であると判断した。ひとり本件控訴審判決のみが、一審判決の認定を覆して共通すると判断している。以下にこれらの各認定を列挙する。

<1> 平成元年(ヨ)第九三二号意匠権侵害差止仮処分申請事件、決定 横浜地裁(債権者 株式会社レオナード、株式会社無限、債務者株式会社ワーク)(甲第五五号証)

「(四)<1>(五本スポーク)、<2>(おむすび形透かし孔)及び<4>のうちの凸弧状スポークの特徴を有する公知意匠として、疎乙第一号証(「AUTOSPORT]昭和五九年二月号)の一九四頁中段の小写真(フェンダー部を破損した車両の部分写真)に写るホイールの意匠が存する。これは、スポークがやや先細りであること、スポークの両側が段落しではなく、逆に隆起していることにおいて本件意匠と構成を異にする。」(決定九丁表一一行~裏五行)

<2> 平成四年(ラ)第一九号意匠権侵害差止仮処分申請却下決定に対する抗告事件決定 東京高裁 (原審・横浜地方裁判所平成元年(ヨ)第九三二号)(抗告人 株式会社レオナード、株式会社無限、相手方株式会社ワーク)(甲第四五号証)

「(一)「AUTOSPORT(昭和五九年二月号)」(疎乙第一号証の一・二)の九四頁に掲載されているアウディが装着している自動車用ホイールには、凸弧状を有する五本のスポークが放射状に等間隔で設けられているが、右スポークは、本件意匠のスポークと較べると、相当先細りのものである上、スポークの両側が段落しではなく、逆に隆起しているものであって(立ち上がりリブ)、同幅帯状で、凸弧状を有し、両側部に段落しになったリブを設けたことを特徴とする本件意匠のスポークに類似しているとはいえないものであるから、右ホイールは本件意匠と類似しているものとまで認めることはできない。」(決定二十四丁裏三行目~十一行目)

<3> 平成元年(ヨ)第九〇六号意匠権侵害差止仮処分申請事件 決定 横浜地裁(債権者 株式会社レオナード、株式会社無限、債務者株式会社リバーサイド)(甲第五六号証)

「(四)<1>(五本スポーク)、<2>(おむすび形透かし孔)及び<4>のうちの凸弧状スポークの特徴を有するように見える公知意匠として、疎乙第三四号証(「モーターマガジン」)掲載のアウディクワトロが装着しているホイールの意匠が存する。これは、各スポークがやや先細りであること、各スポークの両側が段落し状のリブではなく、逆に隆起していることにおいて本件意匠と構成を異にする。」

(決定十丁三行~八行この証拠は掲載紙は異なるが、対象物は同一である。)

<4> 5、平成四年(ラ)第一七号意匠権侵害差止仮処分申請却下決定に対する抗告事件(原審・横浜地方裁判所平成元年(ヨ)第八五三号)決定 東京高裁(抗告人 株式会社レオナード、株式会社無限、相手方株式会社アローエンタブライズ)(乙第二六号証)

「記録(殊に疎乙第三号証の一、二、第四号証の三、四、第九号証の二)によれば、本件意匠の登録出願時以前に既に前記の本件意匠の基本的構成態様のすべてを充足するスポークが公然と知られ、」(決定十二丁裏一一行目~十三行目、本仮処分請求事件ではアウディクワトロのホイールは疎乙第五号証として提出されていたが、本件意匠 との共通性を有する証拠には採用されなかった。)

<5> 平成元年(ワ)第二三〇六号意匠権侵害行為差止等請求事件 判決 横浜地裁(原告 株式会社レオナード、株式会社無限、被告 株式会社リバーサイド)(甲第四六号証)

「<3> また、成立に争いのない乙第五号証によれば、本件意匠の基本的構成態様<3>を満たす公知意匠として、「オートモービルイヤー1981/82」二三二頁所載のアウディクワトロの装着する車輪の意匠があることが認められる。」

(判決二十二丁裏二行目~六行目 この証拠は掲載紙は異なるが、対象物は同一である。ここでは本件意匠の基本的構成態様の<3>(凸弧状)を満たすものとして採用されているが、<2>(同幅帯状)を満たすものとしては採用されていない。)

<6> 平成元年(ワ)第二一七九号意匠権侵害行為差止請求事件 判決 横浜地裁(原告 株式会社レオナード、株式会社無限、被告 株式会社アローエンタープライズ)

「公知意匠<1>ないし<11>及び<15>のうち、<2>、<4>ないし<8>及び<10>は本件意匠の重要な要素をなしている(f)(帯状、凸弧状スポーク)の構成を有しないこと等から、また、<1>、<3>、<9>、<11>、<15>は(e)(同幅スポーク)の構成を有しないこと等から、いずれも本件意匠とは相当程度印象を異にするものである。」

(判決三十九丁表九行~裏三行)

<7> 平成元年(ヨ)第八五三号意匠権侵害差止仮処分申請事件」決定 横浜地裁(債権者 株式会社レオナード、株式会社無限、 債務者 株式会社アローエンタープライズ)(乙第二四号証)

「(一)前記<1>(五本スポーク)及び<2>(おむすび形透かし孔)の特徴を有する公知意匠として、疎乙第五号証の二(「AUTOSPORT」昭和五九年二月号九四頁)の写真のホイールが存する。これは各スポークが先細りであること、スポークの両側が隆起していることにおいて本件意匠と構成を異にするが、スポークがやや凸弧状を呈しているように見える点では、<4>の特徴の一部も有すると認められる。」

(決定九丁裏五行~十行)

<8> 鑑定人斎藤暸二「鑑定書」(甲第四二号証)

「a公知意匠<1>この意匠は、スポークの全体がいわゆる星型をなし、スポークの基部を太く先端を細く構成するものである上に、スポークの縁部を突出して内面を凹陥した構成とするもので、本件登録意匠とは基本的構成態様を異にする。」(三六頁一二行~三七頁三行)

2、 問題点の分析・主張

<1>、このように、本件登録意匠に係る意匠権侵害事件に関し、公知意匠<1>にふれたすべての判決、決定、鑑定書が一致して公知意匠<1>は本件登録意匠と構成を異にすると認定している。

<2>、ところが本件判決は右の一致した認定と全く異なり、同一資料によりながら、原審の認定を次のように変えてしまった。

「二、原判決三八丁表九行目から四〇丁裏末行までを次のとおりに改める。

「右の公知意匠の中で、公知意匠<1>に係るホイールは、前示乙第五号証によれば、それを示す写真が必ずしも鮮明ではないが、本件意匠の構成要素のうち、(a)中の『リム部と、スポークを有するディスク部から構成されている。」点及び(c)、(d)、(f)(「同肉厚の板状」である点を除く。)、(g)、(i)の各構成要素を備えていることが認められる。そして、リム部が、「周胴面を多段状とした略円筒形である』との点は、この種ホイールに通常用いられている構造であるから、公知意匠<1>に係るホイールもこれを備えていることが推認され、したがって、公知意匠<1>は、本件意匠の構成要素(a)を有するものと認められる。

次に、右(f)の構成に関し各スポーク本体が凸弧状に張り出してはいるが、その湾曲の度合いは本件意匠に比して少なく、右(g)の構成に関し、各スポーク本体の両側に段落ち状に形成されているリブの幅は細幅とはいうものの、本件意匠のそれよりも広く、またやや平坦状を呈しており、そのリブとスポーク本体を含めたスポークは、同写真の上部二つのスポークの部分から看取できるように、ディスク部中央寄りの基端から先端付近までほぼ等幅であるということができ、構成要素(e)を備えていると認められる。

もっとも、スポーク本体は先端部方向にやや先細りと認められる。

そして、五本の各スポーク本体の基端(半径方向内端)は、湾曲しつつ合体してディスク部中央の車軸挿通孔の周囲の五個のハブボルトを囲む変形五角形のセンターカバーに覆われ、この部分でリブ表面から段差を付けた壁面を形成しており、この点と右に述べたようにリブの幅が本件意匠のそれよりも広く、やや平坦状をなしている点から、スポーク本体及びディスク部中央部があたかもやや平坦なリブの上に載置されているかのような二重構想に見えるといってもよいことが認められる。

以上認定のとおり、公知意匠<1>は、本件意匠の構成要素のうち、概括的にいえば、(a)、(c)、(d)、(e)、(f)(「同肉厚の板状」である点を除く。)、(g)、(i)を備えるものである。(b)(露出状車軸挿通孔)、(j)(リムボルトの存在)は具備していないが、(b)、(j)の点は、後記(2)に述べるとおり、本件意匠の類似意匠においても、これを備えないものがあるから、本件意匠と公知意匠<1>を対比するうえにおいて、重視できる点ではない。」

<3>、異様に長い認定であるが、本判決はこの公知資料<1>の再認定を軸にして、原判決の判断を書き換え、本件意匠とイ号意匠が類似するとの一連の特許庁の判断を斥け、学識経験者の判断(鑑定書)を斥け、当業者による自主登録審査の判断を斥け、本件登録意匠の要旨を書き換え、結論を導いたものである。

本判決のこの認定が原判決の認定をどのように書き換えたかを対比すると、次のようになる。

原審の認定

<1>、<3>、<9>、<11>、<15>は(e)(同幅スポーク)の構成を有しないこと等から、いずれも本件意匠とは相当程度印象を異にする。

(三九丁裏一行目から三行目)

本判決の認定

そのリブとスポーク本体を含めたスポークは、同写真の上部二つのスポークの部分から看取できるように、ディスク部中央寄りの基端から先端付近までほぼ等幅であるということができ、構成要素(e)を備えていると認められる。

(四四頁四行目~七行目)

<4>、また、本件意匠の類否を左右するリブの構成、中央部の構成について次のように新たな認定を加えた。

A、「右(g)の構成に関し各スポーク本体の両側に段落ち状に形成されているリブ」(四四頁三行目~四行目)

これは右の列挙した各判決、決定、鑑定書が立ち上がり状のリブと認定しているのと全く逆である。

B、また、中央部の構成については、

「五本の各スポーク本体の基端(半径方向内端)は、湾曲しつつ合体してディスク部中央の車軸挿通孔の周囲の五個のハブボルトを囲む変形五角形のセンターカバーに覆われ、」(四四頁九行目~十一行目)この中央部の変形五角形のセンターカバーの存在についてはこれまでどの事件でも全く触れていない点であり、そもそもそのようなカバーなど無いのであるから、認定しようが無いのである。本件の当事者も主張していない点である。

<5>、公知意匠<1>にかんする詳細な図面の提示について

この公知意匠<1>については、控訴審の公判中一度も問題にはされなかった。右の述べたように原判決において、「(e)(同幅スポーク)の構成を有しないこと等から、……本件意匠とは相当程度印象を異にする」(三九丁裏一行目以降)と認定されており、これが全く逆の認定となり、しかも、この新認定によって、本件登録意匠の要部が変ってしまうとは文字通り夢にも思っていないことであった。もしかりにそのような重要な認定の変更を行うのであれば、当事者双方に主張・反論の機会を与えて審理を尽くすべきである。それが当事者主義を原則とする民事裁判というものではなかろうか。

ともあれ、このような全く事実に反する認定がなされた以上、正確に客観的に一致して認定できる資料を提出する必要があるので、別紙に添付する。この資料は公知資料と同一のホイールをこのホイールのメーカーであるアウディ社の特許部が送付して来たものである。(甲第五七号証、また同じ対象物のホイールのより明瞭な写真を掲載した雑誌資料を甲第五八号証、甲第五九号証として提出する。)

この図面、及び写真に明らかなように、公知資料<1>として提示されたアウディクワトロのスポークは、次のような構成となっている。

1.中心から外に(リム側に)向って先細りである。

(中央の凹部のみをとっても先細りであり、リブ(両側の隆起部)を含めても益々先細りである)

2.両側のリブは段落とし状ではなく、山形に隆起している(リブと表現することすら適切ではない)。

3.中央は凹んでいるだけで「変形五角形のセンターカバー」などはない。

控訴審判決の公知資料<1>の認定は明白な誤認であり、このように誤認した結果、「本件意匠が公知意匠<1>とその主要な構成要素を共通に」(控訴審判決四五頁十一行目)するという認定となり、本件意匠の要部は公知資料<1>に含まれないところの「スポークが同肉厚の板状でディスク部表面側に張り出した凸弧状をなし、スポーク本体の両側に形成されている段落ち状のリブが細幅でスポーク本体とほぼ一体に凸弧状をなし、五本のスポーク本体の基端(半径方向内端)が湾曲しつつ合体してディスク部中央の環状面と一体に融合して、いわゆる合弁花状スポークを形成しているため、このリブと一体となって張り出した凸弧状・合弁花状スポーク」(控訴審判決四六頁四行目~九行目)という部分的な特徴に限定されることになった。

<6>、一方、イ号意匠の態様についても、公知意匠<1>を右のように誤認した結果、基本的態様は公知意匠<1>と共通することとなり、次のとおり、その特徴を部分的な特徴に求めることとなった。

「すなわち、イ号意匠は、前示公知意匠の基本的態様を基礎にして、これを発展させたもので、その構成要素(C)ないし(I)により、薄肉のリブがディスク中央部を介して全体として連続し、スポーク本体が、一本ずつ分離独立した蒲鉾形をなして、リブの上に、載置されたような二重構造のようにみえる、いわゆる離弁花状スポークを形成したという点に、本件意匠とは別個の意匠的創作があると客観的に評価できるのであり、この構成により、本件意匠とは異なった華奢で装飾的な静的美感を印象づけるものというべきである。」(控訴審判決五四頁二行目~九行目)

この認定は一本のスポークに一体に表わされたリブと本体を分離して認定するもので極めて不自然なものである。リブのつけ根は合弁花状に連続しており、スポークの中央の凸部をこのリブから切り離して認定した時に部分的に離弁花状となるという認定には承服できない。

また、控訴審判決は公知意匠<1>の認定においては逆に「リブと本体を含めたスポークは……等幅である。」(前掲)というように、その認定に一貫性がなく、その場に都合のいいように使い分けており、到底承服できない。

このような認定が正しいのであれば、イ号意匠は本件登録意匠と同程度の創作性を有することになり、特許庁において登録されねばならないということになる。

しかし現実は、イ号意匠は基本的構成態様において本件登録意匠に類似するものとして特許庁において拒絶された。

<7>、以上のとおり、控訴審判決は本件両意匠の類否判断を左右する両意匠の要部を把握する上で、極めて重大な影響がある公知意匠<1>の認定及び判断において、明らかな誤認を行っており、このような誤認により両意匠の特徴を判断することは、意匠法の法条に違背することが明らかである。

<8>、本件事件に関連した決定では、このような部分的特徴であるスポークのつけ根の一部が合弁花状であるか、離弁花状であるかの差異等により、両意匠を非類似としたものがあるが(東京高裁平成四年(ラ)第一七号、最高裁平成四年(ク)第四三一号)、いずれも本件控訴審段階で明らかになった、一連の特許庁の判断(<1>イ号意匠の拒絶査定の経緯<2>両意匠を類似するとした判定<3>本件登録意匠を無効とする被上告人による無効審判請求の不成立<4>本件登録意匠の類似第8号意匠の登録)及び民間自主登録期間の判断の経緯、学識経験者による鑑定書が提出されない段階でのものであり、本件両意匠の類否を判断する客観的状況には大きな変化があったことを付記しておく。

3、イ号意匠の構成を検証物を使って認定したことの違法性について

工業所有権は無体財産権であり、その権利内容は物自体ではなく、そこに表わされた思想であるということができる。したがってその権利内容は文章または図面によって特定することが定められている。(特許法第七〇条、意匠法第二四条)

本件にかんするイ号意匠も、物件目録に示された図面代用写真により双方が主張・反論を行ってきたところである。しかるに控訴審判決はこの常法によらず、検証物を使った原判決を援用しており、これは明らかに違法である。

すなわち、

「3 イ号意匠の構成

イ号意匠を示した図面であることにつき争いのない別紙イ号目録添付図面及びイ号製品であることについて争いのない検乙第一号証によれば、イ号意匠の構成は、被告の主張2(イ号意匠の構成)の(A)ないし(J)のように分説することができる。」

(控訴審判決が援用する原判決三四頁九行目~三五頁三行目)

とあるように、これは明らかに意匠権侵害訴訟の審理の方法に反するものである。

問題となっている公知意匠<1>のように、直径二センチのグラビア写真と直径五〇センチの金属製の現物(検証物)とを対比するような認定をすれば、現物には雑誌写真や図面には表現されていない、具体的で細かな部分が認定できるはずである。本件の判断はこのような違法な手段で要旨認定されており、とうてい承服することができない。

判例

意匠の類否判断においては、その意匠全体の骨格となる基本的構成態様の共通性を把握し、部分的差異があっても、全体的な共通性の有無から判断すべきであるとした判例を例示する。

<1>昭和七年(オ)第二一二号判決抜萃

「両厨炉の形状を比較するに原審の確定したる事実に依れは両者共に炉台の上に円筒形の炉胴を連ね其の上に補給胴と上置とを鼓状を成す様重ね其の上に釜掛を置き補給胴の部分に相対する2個の塵取形翼を有するものなれば其の形状に於て相類似せるものと解するに難からす唯(イ)号厨炉の炉胴部分には焚付口又は新投入口の設あり意匠登録に係る厨炉の該部分には斯かる設なきの差異ありといえども其の炉台には何れも灰掻口を具ふるものなれば炉胴の部分に焚付口等を設くる如きは容易に考案し得へきものに属し特別顕著性を有するものに非さるを以て両厨炉の全体としては相類似するものと認むるに難からす」

<2>昭和三四年(行ナ)第四三号判決 昭和三八年九月二六日判決言渡

「本願意匠の意匠として第1義的に看者に訴えるものは、前記の通りに、その条溝模様にあるものと認められ、差込孔における形状ないし、模様はただ附随的第2義的に看者に訴えるにすぎないものと認められるところであって、意匠の全体として見れば本願のものは、前記の差異に拘らず、引用のものにその主要点において酷似し、結局両者は相類似するものといわざるを得ないところである。」

<3>昭和三四年(行ナ)第五九号判決昭和三八年九月一九日判決言渡

「そして両者を意匠の見地から比較すれば、本願のものは、その形状及び模様の結合を登録請求の範囲とするものであり、前記の模様の部分だけを問題とするものではないが、看者の美的感覚に訴えんとするものは、主としてもの縁模様にあるものであり、これが本願意匠の支配的要素をなすものと認めざるを得ないところであって、従ってこの支配的要素においてその基調を1にする両者はこれを全体として観察しても互いに類似するものと判断せざるを得ない。」

<4>昭和三六年(行ナ)第一三〇号判決 昭和三七年一一月六日判決言渡

「以上のとおりであって、本願意匠には引用意匠と対比して部分的には差異があるけれども、その差異は全体として観察すればいまだ別異の意匠とするに足らないものであり、そして両者の意匠を現わすべき物品は同一のものであるから、両意匠は類似に意匠といわねばならない。」

<5>昭和四三年(行ケ)第八五号判決 昭和四五年五月一九日判決言渡

「本件意匠と引用意匠とは、部分的には若干の差異はあるにしても、婦人様トッパーとしての全体的考察においては、意匠としての本質的差異はなく、全体として相類似するものであると認めるを相当とし、」

<6>昭和四三年(行ケ)第一五六号判決 昭和四六年七月二九日判決言渡

「本願意匠には、前叙の籾摺機としての機能上必要な各構成部の配置に基づく全体的な形態のほかには、看者の注意を惹く点は全くないといわねばならないので、右の配置が周知であっても、やはり前記全体の形態が最も看者の注意を惹くといわねばならない。そうだとすると、前叙のとおり右基本的形態が同一である以上、他に原告らの主張の差異があっても、本願意匠は引用意匠と類似であることを免れない。したがって、審決には原告ら主張の違法はない。」

<7>平成二年(行ケ)第六〇号 平成三年四月一六日判決言渡

「原告は、両意匠はさらに<1>ないし<7>の相違点及びリム部・センタープレート等の各部の具体的構成態様の相違点を挙げ、両意匠は類似するものとはいえない旨主張する。

しかしながら、意匠の要部は意匠を全体的に観察してその物品の性質・機能・使用形態等から類否判断を支配する部分とされる部分であり、両意匠の要部であるデスク部以外の態様の差異は意匠の類否判断を左右するものではない。

そして、原告がデスク部の相違点として主張する部分(ただし、<7>は本件意匠の意匠公報及び出願図面の記載に基づかない対比であることは原告の主張自体から明らかであり、これを両意匠の相違点と認めることはできない。)は、両意匠を微視的に観察した場合に初めて認められるような相違点であり、両意匠が自動車用ホィールの意匠における要部であるデスク部の構成態様において前記認定の同一の美的特徴を有し類似の美感を生じさせるものである以上、両意匠は類似する意匠というべきである。

しかも、要部の観察とは別に両意匠を全体的に観察した場合においても、前記認定の両意匠に共通する基本的構成態様及び具体的構成態様から両意匠は類似の美感を生じさせるものである。」

二、問題点<2>にかんし

1.本件控訴審段階において、本件意匠の類否にかんし極めて影響力のある一連の特許庁の次のような判断が出された。

<1>類似意匠8の登録

本件登録意匠に付帯する類似1号から同7号までの七件の類似意匠に加えて、類似8号が登録された。

<2>特許庁による判定

控訴人らが、特許庁に対し、平成二年判定請求第六〇〇二六号をもって、被控訴人を被請求人として、イ号意匠は本件意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属するとの判定の請求をしていたところ、特許庁は、平成五年一〇月二八日、これを認める判定をした(甲第五三号証)。

<3>イ号意匠に係る意匠登録出願の拒絶査定

被控訴人は、イ号意匠につき意匠登録出願をしていた(意願平一-二五〇八九号)が、この出願につき、特許庁は、平成三年一二月二七日、本件意匠に類似するとして拒絶の査定をした(乙第三五号証の五)。

<4>無効審判事件の不成立

被控訴人は本件登録意匠につき平成二年審判第二二〇七〇号をもって無効審判請求をしていたが、特許庁は平成五年八月一二日、本件審判請求は成立たないとする審決をした(甲第五四号証)。

2.この一連の類似を容認する判断は本件訴訟に直接かかわる判断であるから、結論に極めて重大な影響をもつものと考えられるが、控訴審判決は原審の理由から明らかに維持できないと思われる理由(例えばリムボルトを意匠の要部とした点)を削除したあと、右のうち「判定」と「イ号意匠の拒絶査定にかんし、

「意匠登録がされている意匠といっても、その創作的寄与の大小はさまざまなものがあることは、当裁判所に顕著な事実である。単に、意匠登録がなされていることを理由に、すべての分野において、また、すべての登録意匠について、その類似の範囲を同じに取り扱うことは、意匠権の効力を受ける国民全体の利益との関係で、意匠権に適切な保護を与えるべき法の目的に反するというべきである。

特許庁における判定は、、登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲について、三名の審判官によりなされるものであるが、もとより司法裁判所の専権に属する意匠権に基づく差止請求権、損害賠償請求権の成否の判断とは、その目的、効果を異にし、したがって、その判断手法が、司法裁判所のそれと異なることは当然である。」(控訴審判決五七頁二行目~五八頁一行目)

「イ号意匠に係る意匠登録出願が本件意匠に類似するとして拒絶の査定がされたことは当事者間に争いがないが、意匠登録の可否の判断と前示侵害訴訟における司法裁判所の判断とは、もとよりその目的、効果を異にするものであり、右事実があるからといって、直ちに当裁判所の前示判断を左右するものとすることはできない。」(控訴審判決五八頁一〇行目~五九頁三行目)

という対応をすることで、特許庁の判断をほとんど不問にしたものである。

3.上告人らは司法裁判所の判断が特許庁の判断に何ら拘束されるものでないということに、いささかも異論をもつものではないが、わが国の工業所有権侵害事件においてはその請求の根拠となる権利の設定、廃止は特許庁の専権として行っており、この両組織は密接な関係にあるものといって過言ではない。

しかるに右に指摘をしたように二つの組織の判断は、目的・効果を異にするとして分離してしまうことは、法解釈、経験則に明らかに反するものである。

4.また、このような二者の区別をするからには、その明確な理由を示さなければならないところ、繰り返し述べたように、その理由は公知意匠<1>の再解釈(誤認)でしかなく、このような理由で、二つの組織が行う判断の差異を説得することはできない。この理由の根底には特許庁の行う類否判断、ひいては意匠法第三条の判断に誤りがあるといわざるを得ない。

また、説得性のある理由を示さず、特許庁の判断と侵害事件における司法裁判所の判断は目的・効果を異にするという考えが定着することは社会的影響が極めて大きいといわねばならない。

特許庁は特許、実用新案、意匠、商標の四法を合せて年間三〇万件の出願を取扱っており、これらの審査結果において、工業所有権の効力の範囲を事実上判断しているのである。そうして出願人をはじめとする関係者はこれらの審査、審判の結果から権利抵触の有無を判断し、訴訟に至らない前段階で、自主的に対応しているのである。もし、特許庁の判断が侵害事件における司法裁判所の判断と明らかに異なるとなれば、特許庁の審査、審判に対する信頼感は低下し、裁判偏重の傾向を来すことは予想に難くはない。

誤認による公知意匠<1>の再認定に終っている本判決は意匠法の解釈・適用を誤るものであり、多くの判例、経験則に反するものである。

結論

一、以上、上告理由のの第一点、第二点において述べたとおり、控訴審判決は、(一)全く構成の異なる公知資料<1>を本件登録意匠の構成と共通する構成であると誤って認定し、(二)この誤った認定に基づいて、本件登録意匠の要旨を誤って判断し、(三)その結果本件意匠権の効力の範囲を不当に狭く判断したものであり、意匠権侵害事件の類否判断における経験則、判例に違背するものであって、意匠法第三条、同第二十三条の解釈、運用を誤ったものである。

(四)また、本件意匠にかかわる一連の特許庁の判断を行政処分と司法判断の相違という理由から、説得力のある根拠を示さずに異なった結論を求めたことは、意匠法第一条に明示した「創作の保護」という法の目的に反し、

(五)特許庁の審査、審判における登録要件に関する審査実務について誤った判断をすることで、意匠法第三条の解釈適用を誤ったものであるから、控訴審判決は、民事訴訟法第三九四条の規定に該当し、その判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があるものであると確信する次第である。

二、控訴審判決は、原判決が出されたあと控訴審段階になって、本件両意匠を類似するとした各種の特許庁の判断、業界の自主登録団体による判断事例、学識経験者による鑑定書が提出されるに及んで、原判決の理由が維持できなくなり、しかも結論を維持するために新たな理由を求めたものが、特許庁の判断と「侵害事件における司法裁判所の判断とは、もとよりその目的、効果を異にする」という論理であり、その根拠に挙げられたのが公知意匠<1>であった。

このように公知意匠<1>の認定・判断は控訴審判決の結論を左右するポイントであり、本上申告理由の争点もまさにこの点にある。

しかるに公知意匠<1>についての控訴審判決は右理由中に詳述し、詳細を示す図面において示すとおり、誤認であることは明らかとなった。さらに付言すれば、公知意匠<1>の認定については新たな詳細図によらなくても、経験則から判断して、原審ほか七件の判決・決定、鑑定書は正しく認定していたのであるから、控訴審判決が、雑誌に掲載されたわずか直径2センチの写真から、原審の認定を覆す認定をし、本判決の中心に据えたことは独断的な認定であり、容認できない。

三、上告人は控訴審判決が、特許庁の判断と「侵害訴訟における司法裁判所の判断とは、もとよりその目的、効果を異にする」と主張することに一概に反論するものではない。その手法・内容が、司法裁判所の判断」とことわった割りには直径二センチ程の不鮮明な写真の再認定(誤認が明らかとなった)というのでは司法裁判所の判断としておよそ規範を示したことにならない。

四、また、本件特有の公知意匠<1>の認定の問題を別にしても、意匠権の効力に関し、特許庁の判断と裁判所の判断は目的・効果を異にするという考え方が定着すれば、出願人は登録意匠に類似するとして拒絶査定をうけても、侵害の有無の判断では無いからとして、拒絶査定をうけた意匠の製造・販売を中止しないというケースが続発するであろう。その結果は、意匠法第二三条の空文化となり、訴訟事件の増加、あるいは模倣・盗用時代への移行となり、百年にわたって築いてきた日本の工業所有権制度の風化につながりかねない事態を招くことが予測される。

本件判決がその先鞭をつけることのないよう、厳正な審理を期待するものである。

以上

(添付書類省略)

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